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2006年1月24日 (火)

出世

ピンポーン。午後7時。いつものようにインターホンが鳴る。
玄関に向かった母は事務的に鍵を開け、誰かも確認せずにキッチンへと帰っていく。
ただいまぁ、と一家の主の声がする。反応する者は誰もいない。

姉貴はケータイで友達とずっとメール。
引きこもり気味の弟は部屋でテレビゲームでもやっているのだろう。
母は淡々と夕御飯の準備を進め、僕はテレビのサッカー中継に釘付け。
いつもならここで父は自分で勝手に着替えを用意してお風呂に入るところだけど

「おい。みんな集まれ」

父が大声で言った。
普段、家の中で喋ること自体が少ないのでみんな驚いている様子。
引きこもりの弟も思わず部屋から出てきた。

「みんなテーブルに座りなさい。」

なんだなんだこの自信に満ちた表情は。
普段のだめオヤジの典型のような気弱な父の姿はそこにはなかった。

「父さんな、ついに昇進したんだ。部長になったんだ」

えーっ!昇進?まさか。万年課長の父さんが。入社2年目で課長になり、超有望株と言われながら30年。未だに課長のままであの人事はなんだったんだと会社の七不思議にまでなった父さんが昇進・・・。
虫も殺せない穏やかな性格が仇となり、競争社会で強く生きる事ができない不器用な父さんが昇進だなんて。
その場にいる誰もが半信半疑で父を見ていた。

「あなた。証拠はあるの?」

母さんがストレートに切り出した。
すると、待ってましたと父さんが床に置いていたカバンを膝の上に持ち上げ、フンフンフフンと鼻歌混じりに叩いて見せた。
普段薄っぺらな父さんのカバンが不自然なふくらみを帯びていた。

「母さん。そしてお前たち。証拠が欲しいかそらやるぞっ」

と、父さんが嬉しそうにカバンの中から取りだしたモノがテーブルの上にドカッと乗っかった。
なんか悪そうな顔したおっさんの生首だった。

「あなた。本当だったのね。ごめんなさい疑ってしまって・・・」

ええっ!?なにその理解力の早さ。そして何この生首。初めて見たけど何か怖いんだよぉ。っていうか臭いよ。やばいクサッ。本格的に臭いよこれ。ちょっと待ってよ何でもいいからどけてよこれ。ああもうやばい。臭すぎてやばいよ。やだもう何この気持ち。すごいイライラしてきた。ああたまらん。辛抱たまらん。やばい。ああ気持ちいい。何かいろいろ通り越してもう気持ちいいんだよ。ねえ聞いてよ。みんなおいでよ気持ちいいよ・・・みんな・・・。

「おい大丈夫か?」
「う、うん・・ごめんごめん。で、これどうしたの?」

父の声で目が覚めた。どうやら気絶していたらしい。
朦朧としながら父の説明に耳を傾けた。

「ライバル会社の専務でな。ランチを食べてたカフェのトイレに入ったら偶然コイツがいたもんで。しかもスキだらけだったもんでな。今ならいけるとネクタイ外して後ろからグイッとな。グググイッとな。」

なるほど。みんな納得した。
その夜、父の出世祝いが盛大に行われた。
みんなお酒飲んだりしてすっかり眠りに落ちている。
起きているのは僕だけ。よし。今しかない。

僕はテーブルの上に置き去りになった生首をそっと手に持ち、
自分の部屋にある机。唯一鍵のかけられる大きな引き出しを開け、大事に生首をしまった。

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コメント

な!?姉妹サイトがあったとは!
後ほど勝手にリンクらせていただきますー。
この記事を見て私が昔とって保存しておいた首を思い出して引き出しを開けてみたらドラえもんの首と入れ替わっていた。でもドラえもんの首ってどの部分か分からないので外に捨てておいたら、夜中に「ミィーちゃ~ん」という声が聞こえた。
翌日、隣家の山本剛三さんが遺体で発見された。

投稿: よるにぢ | 2006年1月25日 (水) 13時18分

シュ・・・シュールだ!!(ノ´д`;)アセアセ

投稿: 稀凛 | 2006年1月29日 (日) 17時08分

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