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2006年3月12日 (日)

首長族

「ずっとずっと首長族になりたかったんだ」

久しぶりの家族揃った夕御飯。
突然父が呟いた言葉を聞いて思わず僕は口の中にあったナスの肉詰めを吹き出してしまった。
おいおいおい。何を言い出すかと思ったら首長族って。まぁね。確かにあんた中年太りでどこからが首やらどこまで顔やらわからんようになってるけどもね。憧れちゃったんだね。うんうん。わかるよその気持ち。でもね。首長くする前にまず痩せないとね。良い子だからね。まあ何ですか。自虐的なギャグってことですかね。ああそうか。そういうことなら結構面白かったですよ。すごい。すごいよ。ナイスギャグ。ごめんなさい感度鈍くって。ああウケる。こりゃ傑作だ。きっとみんな爆笑じゃねーの、と見た家族の誰一人として笑っている者はいなかった。

「いつからなりたかったの?」

妹が言った。
おいおい。素で聞いちゃってるし。もう、みんなアハハと笑ってそれで終わりなのに。
これじゃ逆にお父さんが可愛そうになっちゃうじゃないですか。
ほら何か変な空気。まったく洒落のわからん奴で困りますなぁと父に目を向けたとき、

「あれは高校3年生だったかな。友達から借りた雑誌で初めて見て衝撃を受けたんだな」

と、父が恥ずかしそうに言った。
ん?おやおやおや?そこ食いついちゃいますか?
一発ギャグ的なものだったからこそギリギリセーフだったんじゃないんですか?
でも今のは妹が悪いな。うん。全く鈍感な奴め!罰としてチキンソテーの皮の部分全部横取りしてやるかこら。と、お箸が妹の皿に向かい始めたその時、突然母が立ち上がった。
母は無言で寝室へと歩いていき、部屋の方からごそごそ音がしたかと思うと何か袋を手に持って戻ってきた。

「あなた。実は私、ずっと知ってたの。何十年も一緒にいるんだもの。何を考えているのかなんて手に取るようにわかっちゃうんだから。私から言うのもなんか違うかなって思ってたから黙ってたけど、はいこれ」

そう言って袋から出したソレを見て愕然とした。
ピカピカに輝く金色の輪っか。
一点の曇りも無いその表面は、毎日丁寧に磨き続けていたことを物語っていた。

「ミツ子・・・気づいていたのか。こんな物まで用意していてくれて。しかもこの重量感。かなり高かったんじゃないのか?」

10年ローンで月々の支払いはそれほどでも無いのよ・・・って、いやいやいや。
金額云々じゃなくてなんですかソレ。どうしちゃったのあなたたち。
怖いよもう。なにその目。真剣そのものじゃないの。ほらまだ間に合うから冗談だと言ってよ。ああすごいや。すごい手の込んだギャグですこと。ははは。全く陽気な両親を持って幸せだなぁ。なあみんな・・・と目を向けると、兄貴と妹が号泣していた。

「ミツ子。お前はなんて気が利く奴なんだ。と、父さんは世界で一番幸せだ。な、なぜなら世界で一番の妻を持ったんだからな。お、おいお前たちなんで泣いてるんだ。せ、世界で一番の母親を持った幸せものなのに、泣くやつがあるか」

そう言う父の目からも涙がこぼれた。
・・・正気かこの家族。
なにか、今まで感じた事のないお腹の部分が痛くなってきた。

「ねえお父さん。それつけてみなよ!」
「そうよあなた。これはあなたの物よ。さぁ、長年の夢が今かなうのよ!」

みんなに促された父は手にした輪っかを頭からゆっくりゆっくりと、喜びを噛みしめるようにゆっくりゆっくりと通していき、ようやく首に到達した。

「おめでとう!」

妹が口火を切って拍手をした。

「おめでとう父さん!」
「あなたおめでとう」

兄貴と母親がそれに続いた。
おめでとうって・・・。

「ありがとう。みんなありがとう」
嬉しそうに答える父は自分の首に収まる輪っかをずっと握りしめている。

「今日からお父さん首長族かぁ。なんか遠い存在になっちゃうなぁ。」

「おいおい。首長族だからってお父さんはお父さんだ。変な気をつかわないでくれよ」

「ねえあなた。その輪っかはどのぐらいのペースで洗ったらいいのかしら?ブラシ使っても大丈夫かしら?」

「どうなんだろうなぁ。お風呂に入るとき一緒に洗う程度じゃだめかねぇ?」

「俺も将来オヤジみたいな立派な首長族になれるかなぁ?

「どうだろうなぁ。まずは理解ある嫁を探さないとな。もっとも母さんほどの人はなかなかいないがな」

「やだもうあなたったら」

「熱々だなぁもう。私も早く彼氏欲しいなぁ」

アハハハハハ。
楽しそうに語り続ける父と母と兄と妹をあとにして、その晩僕は家を出た。

30年後

一人暮らしを続け、普通に就職し、普通に結婚し、普通の生活の中にいた僕の元に一通の手紙が届いた。
妹からだった。
病魔に冒された父がいつ死んでもおかしくない状態になっているらしい。
すぐに車を飛ばして病院へと向かった。
家族に見守られ、ベッドに横になった父の体はガリガリにやせ細っていた。
そして、首の輪っかは30個に増えていた。毎年一つづつ追加していったようだ。
その時、父と目が合った。
何かを言おうとしている。
僕はそっと近づいた。

「立派になったな・・・。ずっと会いたかったよ。結婚はしたのか?」

僕はそっと頷いた。

「そうかそうか。幸せそうで何よりだ。ところで今の父さんを見てどう思う?ん?」

そう聞かれ、僕は少し困った。
沈黙。
ピコン、ピコンとモニターから出る音だけが淡々と聞こえる。
親父のそばに置かれたモニターを見た。
素人目にもそれは弱々しく見え、"その時"がそれほど遠くないことがわかる。
あれから30年。
空白の時間を経て、僕は父へと言葉を送った。

「首長族、おめでとう」

カラカラになった父の頬を涙が伝った。
そして、静かに息を引き取った。

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2006年3月 8日 (水)

ポリスマン

近所に住んでいるポリスマンとポリスマンがまたケンカをしていた。いつものことだよ、といった雰囲気でみんな相手にしていないけど、なにやら様子がおかしい。

怖くなったのでお父さんに頼んで知り合いのポリスマンを呼んでもらった。
10分後ポリスマンがやってきた。TシャツにG短パンという格好で武器になるようなものは何一つ身につけていない。おいおいポリスマンを舐めたら痛い目みるぞ、と内心思いつつもすいません何とかしてくださいと懇願する。
マカセナサーイ、と自信満々でポリスマンのケンカを止めに行くポリスマンの背中は意外と筋肉質で、あら案外頼りがいあるのかしら、と思ったその時、

ドキューン

一発の銃声が鳴り響き、ポリスマンが仰向けになって倒れた。
額からは不健康そうな血液がドロドロと流れ出している。

ほら言わんこっちゃない。ポリスマンのケンカに素手で立ち向かおうなんて無謀なことするからこうなるんだ。
しかも家から出てすぐの所で倒れてるし。あぁ邪魔くさいなぁと不機嫌な表情を浮かべていると、リヤカーを引いたポリスマンがどこからかやってきて手際よくポリスマンの死体をどけて掃除しはじめた。
一通り処理し終えると、物欲しげな眼差しで僕の目を見るポリスマン。
ちぇっ有料かよ。
しばらく様子を伺ってみたけどこのまま帰りそうもなかったので、仕方ない何かあげるかと部屋に戻り、先週旅行から帰ってきたポリスマンからもらったおみやげのまんじゅうを持ってポリスマンに差し出した。
まんじゅうを見るのが初めてなのか不思議そうな顔をしながらも、とりあえずは満足したようでポリスマンの死体を乗っけたリアカーを引いてポリスマンは帰って行った。

なんだかんだで外は薄暗くなってきた。
さっきまでケンカしていたポリスマンとポリスマンも仲直りしたようで、お互いのケガの手当までしている。

いっけね。色々あってすっかり忘れてたけど、丘の上のポリスマンに薬を届けなきゃ行けないんだった。
僕は急いで部屋から薬を持ってきて、ポリスマンの家に向かった。
途中、穴に落ちたポリスマンを見かけた。必死で助けを求めている。でもごめん!時間が無いんだ!
穴に落ちたポリスマンが無事助かる事を祈りながら薬を待つポリスマンの家まで向かった。

丘の上。ぽつんとたたずむポリスマンの家。
ピンポーン。インターホンを押してみたけど反応が無い。
ドンドンドン。ドアを叩く。反応が無い。
ポリスマーン。叫んでみたけど反応が無い。
これはただ事がじゃないぞ。一秒を争う事態が起きていることを察した僕は家の裏手に回り、窓ガラスを割ってポリスマンの家の中に入った。
すると、部屋のすみっこにポリスマンはいた。座り込んだ背中が小刻みに震えている。
「・・・が来る・・・が・・・・・・」
何かひたすら呟いている。
もう少し近づいてみた。
「ポリスマン・・・ポリスマンが来る。」
ポリスマンが来る!間違いない。確かにそう呟いている。
くそっ。思ったより事態は深刻のようだった。
僕は急いでポリスマンに薬を飲ませた。
数秒後、さっきまでの震えがピタッと止まり、バタンと仰向けに倒れた。
そして静かに息を引き取った。

念のためくるぶしに手を当ててみる。大丈夫。確実に死んでいる。

玄関から家を出て、丘を降りていく。
何回経験しても馴れないな、と苦笑いした目線の先にさっき穴に落ちたポリスマンが大勢のポリスマン達に助けられている姿が見えた。
ふいに涙がこぼれた。

この町に生まれてよかった。
心からそう思えた。

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