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2006年8月17日 (木)

テリーヌの奇跡

気が付くと、深く深い緑の森の中にいた。
足下に広がるジャイレンスがかった茶色の土は、ここがビュリューサー地方のどこかであることを物語っていた。
何故なら、この色の土が存在するのはビュリューサー地方とあといくつかしかないからだ。

360度どこを見ても同じ景色。日差しを求め、上を見上げてみても濃密に折り重なった木々が邪魔してツーリットの半分程度しか陽はこぼれてこない。

なんで俺はここにいる?
なぜウサギの耳は片方たれている?

フッ、らしくないな。
俺が4番目に尊敬する哲学者チチョリボッチョは言っていた。

人はなぜ誇らしげに自らのトッポソを天に掲げるのか。
それは自らの内に秘めたるランザラドメスに聞け、と。

確かにその通りだ。
なんでここにいるか、といった疑問は愚問に過ぎない。
むしろ、なんでここにいるのか、ということについてもっと考えるべきだ。

少し頭を冷やそう。
俺は、かすかに聞こえる川のせせらぎのする方へと歩きはじめた。

数時間後、いや右足首に付けたラットバッツッツ製の高級腕時計で確認したところ、正確に言うとあれから5分も経っていないようだ。
5分と言えば、少年時代によく食べたバップツルードルーフのシーフード味が丁度良い案配にゆで上がって美味しい頃合いだ。そういえば妹は1分派で、よくこんな歌を歌っていたな。
「5分野郎はケツの穴。トイレに流れて消えちまえ」

フッ、少し懐古主義が過ぎたかな。
そうこうしていると、目の前に大きな川が見えてきた。
俺は近くに落ちていた大きめの葉っぱを丸めて器状にして水をくみ、
頭から思い切り冷たい水を浴びた。

ヒャーつめてぇな。
頭を冷やすには最適だった。
頭の中に立ちこめていた霧が一気に晴れたような感覚だ。
そして浮かんできた言葉。
セフォカッティーナ。
セフォカッティーナ。

なんだろう。土地の名前か?人の名前か?
その意味はわからない。
ただ、その言葉の中に言いようのない暖かさを感じた。
学生時代、良く通った家庭料理の店『マネーマネー』で一番人気だったゴザレスクを食べるとき、猫舌の俺は必ず火傷してしまい、はがれ落ちた上あごの薄皮を手にとってはヴィジョリカさんに自慢したものだが、その時の彼女の引きつった顔の温度にも似た暖かさだ。

なぜだ。昔の事は思い出せるのに、なんでいまここにいるのかを思い出せないんだ。
何だこの気持ちは。はがゆくてはがゆくて、ちょっと寒気がする。
自分の名前も思い出せないなんて、くそ、なんだか喉が痛い。。
俺は何をしにここに来て、一体これからどこへ行けば良いんだ。それにひじやらひざやら関節が痛む。
ん?なに、この諸症状。
川の水?すごく冷たい?頭から浴びた?この諸症状?
ああ、風邪ひいたわ。

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