« 2006年8月 | トップページ

2007年1月29日 (月)

ATM

待ちに待った給料日。
僕はスキップ混じりに近所のATM店舗へと向かった。
さすがに行列が出来ていたが、ここは多くの人が利用する割に
ATMが3台しか無いため、必要以上に待たされることがたびたびあったが、
今日は意外と流れがスムースに進み、真ん中のATMが空いた。
そして、ジーパンの後ろポケットに突っ込んでいた財布からキャッシュカードを取り出し、
カードを機械の差し込み口に差し込む。
すると、ATMの中からかすかに声が聞こえてきた。

「おい、このカード見ろよこれ。」
「ちっ、きったねぇな~おい」
「ああ、何年ものだこれおい」
「どうしたらここまで汚くなるかっつー話だぜおい」
「ああ、この茶色いシミはマジ触りたくねーぜおい」
「やっべ、素手で触っちまったぜおい」
「ああ、だから軍手しとけっつたろおい」
「ちっ、さっきまで着けてたってのによぉ。カール食べづらいから外しちまったっつーの」
「ああ、それにしてもこの汚さ半端じゃねーなおい」
「やべーよ、5本の指に入るぜおい」
「ああ、心なしか何か匂いもキツいぜこれ手に付いたんじゃねーかオマエ」
「まじかよ、なんだこれチーズの匂いだぜこれおい」
「ああ、それはカールの匂いだぜおい」
「しっかしひでーなおい。中身もやばそーだぜこれ」
「ああ、ちょっと読み込んでろよおい」
「おう、よし・・ん?やべーぜこれ、汚すぎて機械が読み込まんぜ」
「ああ、オマエそれ表面だぜ。かすかになんかキャラの絵が見えるだろーがおい」
「おっと、こりゃいけねぇ。長年やってるけど初めてだぜこんなイージーミスはよぉ。やべーよおい、今まで楽しくやってきたのによぉ。なんなんだこの汚いカードはよぉ。」
「ああ、オマエなんかあったんじゃねーかおい。そんな泣き言いう奴じゃなかったろーが、なぁ」
「・・・まったくよぉあんたって人はカードも心も全てお見通しだなおい。確かに昨日よぉ、競馬いったんだがよぉ、ダチが絶対固いっていう馬に全額賭けたんだがよぉ。全くこねーでやんのよこれがよぉ。」
「ああ、それはついてねーなおい」
「そして、昨日の今日でこのカードだぜおい」
「ああ、このカードはマジへこむなおい」

「おーいそこの二人ちょっと静かにしろー」

「ん?誰だおい」
「ああ、隣のATMの担当だぜ。オマエがここに来る前は俺と組んでた奴なんだけどな。堅物っつーかよ。仕事中の私語もお菓子も禁止とか言ってたまったもんじゃなかったぜおい。」
「そうだ、前にあんたから聞いたよな。確かどこぞの金持ちの息子だかなんだかなんだっけか?」
「ああ、親の力でエリートコースまっしぐらよ。俺たちたたき上げと違ってバリバリのキャリア組ってやつだぜおい」
「けっ、キャリア組かよ。今は俺らと同じATMの中でもいずれは窓口行き確定ってか」
「ああ、恐らく2,3年後ってとこだろーな」
「くそっ、まったくもって理解できねーぜ。キャッシュカードの事ならこの店、いや日本中どこ探してもあんたの右に出るものはいねーってのによぉ。あんな奴がどんどん上に行っちまうなんてよぉ」
「ああ、俺も若い頃は今のオマエの様に憤ったこともあったけどな。世の中ってのは強い力を持ったやつぁどんどん上に行き、後ろ盾も何もないやつぁそいつらに良いように使われなら生きていくしかねーんだなってよ。嫁と子供が出来たぐらいからそう割り切ってやってる所はあるわな」
「・・・世の中ってそんなもんかよぉ。汚れきってんなーまったくよぉこのカードより汚ねーよぉ」
「ああ、確かにそうだけどな、世の中捨てたもんじゃねーぜ。俺は仕事じゃぁ出世の見込みは無いが、家に帰れば妻と子供が待っててくれるんだ。オマエだって2年付き合ってる彼女がいるだろーがおい」
「えへへ、愛してます」
「ああ、世の中完全に汚れきってるわけじゃあねーってことよ。それに比べてこのカード。ここには何の救いもないぞおい」
「まじだぜ、こりゃマジでひでーぜ、っておっとまた触っちまった、うわチーズの匂いがするぜこれ」
「ああ、それはカールの匂いだぜおい」
「しかしだんだん勇気沸いてきた来たぜおい」
「ああ、俺たちも決して恵まれた部類の人間じゃぁねーがな。こんだけひでぇカード使ってる奴も世の中にはいるってことだぜおい」
「なんかよぉ、このカードってなんかすげぇ力あるのな」
「ああ、オマエなんかさっきまで競馬の件ですげぇへこんでたのに目が輝いてるぜおい」
「やべーよぉ、このカードやべーよぉ、みるみる内に幸せな気分になってくるよぉ」
「ああ、しかしオマエちょっと持ちすぎじゃねーかおい。俺にもちょっと貸してくれや」
「いやだよぉ、このカードやべーよぉ、誰にも渡したくねーよぉ」
「ああ、頑固なやつだなぁおい。わーかったわかった。俺も喉から手が出るほど欲しいがな。仕方ねーや。俺には妻も子供もいるしな。わーかったわかった。よし、オマエにくれてやるよ。ほら大事にするんだぞおい」
「マ、マジでか?おい、こんな汚ねーカード滅多にこねーぞ?ほ、ほんとに俺にくれるのか?」
「ああ、ホントのホントだよ。ほら、あんまりしつこく言うとまた欲しくなっちゃうぞ?いいのか?俺にくれるのか?」
「や、やめてくれよぉ。大事にするからよぉ。」
「ああ、じゃあオマエやることやっとけ。持ち主待ってるぞおい」
「お、おう。ホントに恩に着るぜ。じゃ新しいカードを差しこんでっと・・・」
「ああ、声のトーンに気をつけろ。これでオマエの人生はバラ色だぜ」

「カードが古くなっておりましたので新品のカードを発行しました。またのお越しをお待ちしております」

その、甲高い声と共に出てきたカードを僕は手に取った。
そして、ジーパンの後ろポッケから取った財布にそのカードを入れるとき、かすかにチーズの匂いがした。

| | コメント (49)

« 2006年8月 | トップページ