2007年1月29日 (月)

ATM

待ちに待った給料日。
僕はスキップ混じりに近所のATM店舗へと向かった。
さすがに行列が出来ていたが、ここは多くの人が利用する割に
ATMが3台しか無いため、必要以上に待たされることがたびたびあったが、
今日は意外と流れがスムースに進み、真ん中のATMが空いた。
そして、ジーパンの後ろポケットに突っ込んでいた財布からキャッシュカードを取り出し、
カードを機械の差し込み口に差し込む。
すると、ATMの中からかすかに声が聞こえてきた。

「おい、このカード見ろよこれ。」
「ちっ、きったねぇな~おい」
「ああ、何年ものだこれおい」
「どうしたらここまで汚くなるかっつー話だぜおい」
「ああ、この茶色いシミはマジ触りたくねーぜおい」
「やっべ、素手で触っちまったぜおい」
「ああ、だから軍手しとけっつたろおい」
「ちっ、さっきまで着けてたってのによぉ。カール食べづらいから外しちまったっつーの」
「ああ、それにしてもこの汚さ半端じゃねーなおい」
「やべーよ、5本の指に入るぜおい」
「ああ、心なしか何か匂いもキツいぜこれ手に付いたんじゃねーかオマエ」
「まじかよ、なんだこれチーズの匂いだぜこれおい」
「ああ、それはカールの匂いだぜおい」
「しっかしひでーなおい。中身もやばそーだぜこれ」
「ああ、ちょっと読み込んでろよおい」
「おう、よし・・ん?やべーぜこれ、汚すぎて機械が読み込まんぜ」
「ああ、オマエそれ表面だぜ。かすかになんかキャラの絵が見えるだろーがおい」
「おっと、こりゃいけねぇ。長年やってるけど初めてだぜこんなイージーミスはよぉ。やべーよおい、今まで楽しくやってきたのによぉ。なんなんだこの汚いカードはよぉ。」
「ああ、オマエなんかあったんじゃねーかおい。そんな泣き言いう奴じゃなかったろーが、なぁ」
「・・・まったくよぉあんたって人はカードも心も全てお見通しだなおい。確かに昨日よぉ、競馬いったんだがよぉ、ダチが絶対固いっていう馬に全額賭けたんだがよぉ。全くこねーでやんのよこれがよぉ。」
「ああ、それはついてねーなおい」
「そして、昨日の今日でこのカードだぜおい」
「ああ、このカードはマジへこむなおい」

「おーいそこの二人ちょっと静かにしろー」

「ん?誰だおい」
「ああ、隣のATMの担当だぜ。オマエがここに来る前は俺と組んでた奴なんだけどな。堅物っつーかよ。仕事中の私語もお菓子も禁止とか言ってたまったもんじゃなかったぜおい。」
「そうだ、前にあんたから聞いたよな。確かどこぞの金持ちの息子だかなんだかなんだっけか?」
「ああ、親の力でエリートコースまっしぐらよ。俺たちたたき上げと違ってバリバリのキャリア組ってやつだぜおい」
「けっ、キャリア組かよ。今は俺らと同じATMの中でもいずれは窓口行き確定ってか」
「ああ、恐らく2,3年後ってとこだろーな」
「くそっ、まったくもって理解できねーぜ。キャッシュカードの事ならこの店、いや日本中どこ探してもあんたの右に出るものはいねーってのによぉ。あんな奴がどんどん上に行っちまうなんてよぉ」
「ああ、俺も若い頃は今のオマエの様に憤ったこともあったけどな。世の中ってのは強い力を持ったやつぁどんどん上に行き、後ろ盾も何もないやつぁそいつらに良いように使われなら生きていくしかねーんだなってよ。嫁と子供が出来たぐらいからそう割り切ってやってる所はあるわな」
「・・・世の中ってそんなもんかよぉ。汚れきってんなーまったくよぉこのカードより汚ねーよぉ」
「ああ、確かにそうだけどな、世の中捨てたもんじゃねーぜ。俺は仕事じゃぁ出世の見込みは無いが、家に帰れば妻と子供が待っててくれるんだ。オマエだって2年付き合ってる彼女がいるだろーがおい」
「えへへ、愛してます」
「ああ、世の中完全に汚れきってるわけじゃあねーってことよ。それに比べてこのカード。ここには何の救いもないぞおい」
「まじだぜ、こりゃマジでひでーぜ、っておっとまた触っちまった、うわチーズの匂いがするぜこれ」
「ああ、それはカールの匂いだぜおい」
「しかしだんだん勇気沸いてきた来たぜおい」
「ああ、俺たちも決して恵まれた部類の人間じゃぁねーがな。こんだけひでぇカード使ってる奴も世の中にはいるってことだぜおい」
「なんかよぉ、このカードってなんかすげぇ力あるのな」
「ああ、オマエなんかさっきまで競馬の件ですげぇへこんでたのに目が輝いてるぜおい」
「やべーよぉ、このカードやべーよぉ、みるみる内に幸せな気分になってくるよぉ」
「ああ、しかしオマエちょっと持ちすぎじゃねーかおい。俺にもちょっと貸してくれや」
「いやだよぉ、このカードやべーよぉ、誰にも渡したくねーよぉ」
「ああ、頑固なやつだなぁおい。わーかったわかった。俺も喉から手が出るほど欲しいがな。仕方ねーや。俺には妻も子供もいるしな。わーかったわかった。よし、オマエにくれてやるよ。ほら大事にするんだぞおい」
「マ、マジでか?おい、こんな汚ねーカード滅多にこねーぞ?ほ、ほんとに俺にくれるのか?」
「ああ、ホントのホントだよ。ほら、あんまりしつこく言うとまた欲しくなっちゃうぞ?いいのか?俺にくれるのか?」
「や、やめてくれよぉ。大事にするからよぉ。」
「ああ、じゃあオマエやることやっとけ。持ち主待ってるぞおい」
「お、おう。ホントに恩に着るぜ。じゃ新しいカードを差しこんでっと・・・」
「ああ、声のトーンに気をつけろ。これでオマエの人生はバラ色だぜ」

「カードが古くなっておりましたので新品のカードを発行しました。またのお越しをお待ちしております」

その、甲高い声と共に出てきたカードを僕は手に取った。
そして、ジーパンの後ろポッケから取った財布にそのカードを入れるとき、かすかにチーズの匂いがした。

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2006年8月17日 (木)

テリーヌの奇跡

気が付くと、深く深い緑の森の中にいた。
足下に広がるジャイレンスがかった茶色の土は、ここがビュリューサー地方のどこかであることを物語っていた。
何故なら、この色の土が存在するのはビュリューサー地方とあといくつかしかないからだ。

360度どこを見ても同じ景色。日差しを求め、上を見上げてみても濃密に折り重なった木々が邪魔してツーリットの半分程度しか陽はこぼれてこない。

なんで俺はここにいる?
なぜウサギの耳は片方たれている?

フッ、らしくないな。
俺が4番目に尊敬する哲学者チチョリボッチョは言っていた。

人はなぜ誇らしげに自らのトッポソを天に掲げるのか。
それは自らの内に秘めたるランザラドメスに聞け、と。

確かにその通りだ。
なんでここにいるか、といった疑問は愚問に過ぎない。
むしろ、なんでここにいるのか、ということについてもっと考えるべきだ。

少し頭を冷やそう。
俺は、かすかに聞こえる川のせせらぎのする方へと歩きはじめた。

数時間後、いや右足首に付けたラットバッツッツ製の高級腕時計で確認したところ、正確に言うとあれから5分も経っていないようだ。
5分と言えば、少年時代によく食べたバップツルードルーフのシーフード味が丁度良い案配にゆで上がって美味しい頃合いだ。そういえば妹は1分派で、よくこんな歌を歌っていたな。
「5分野郎はケツの穴。トイレに流れて消えちまえ」

フッ、少し懐古主義が過ぎたかな。
そうこうしていると、目の前に大きな川が見えてきた。
俺は近くに落ちていた大きめの葉っぱを丸めて器状にして水をくみ、
頭から思い切り冷たい水を浴びた。

ヒャーつめてぇな。
頭を冷やすには最適だった。
頭の中に立ちこめていた霧が一気に晴れたような感覚だ。
そして浮かんできた言葉。
セフォカッティーナ。
セフォカッティーナ。

なんだろう。土地の名前か?人の名前か?
その意味はわからない。
ただ、その言葉の中に言いようのない暖かさを感じた。
学生時代、良く通った家庭料理の店『マネーマネー』で一番人気だったゴザレスクを食べるとき、猫舌の俺は必ず火傷してしまい、はがれ落ちた上あごの薄皮を手にとってはヴィジョリカさんに自慢したものだが、その時の彼女の引きつった顔の温度にも似た暖かさだ。

なぜだ。昔の事は思い出せるのに、なんでいまここにいるのかを思い出せないんだ。
何だこの気持ちは。はがゆくてはがゆくて、ちょっと寒気がする。
自分の名前も思い出せないなんて、くそ、なんだか喉が痛い。。
俺は何をしにここに来て、一体これからどこへ行けば良いんだ。それにひじやらひざやら関節が痛む。
ん?なに、この諸症状。
川の水?すごく冷たい?頭から浴びた?この諸症状?
ああ、風邪ひいたわ。

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2006年3月12日 (日)

首長族

「ずっとずっと首長族になりたかったんだ」

久しぶりの家族揃った夕御飯。
突然父が呟いた言葉を聞いて思わず僕は口の中にあったナスの肉詰めを吹き出してしまった。
おいおいおい。何を言い出すかと思ったら首長族って。まぁね。確かにあんた中年太りでどこからが首やらどこまで顔やらわからんようになってるけどもね。憧れちゃったんだね。うんうん。わかるよその気持ち。でもね。首長くする前にまず痩せないとね。良い子だからね。まあ何ですか。自虐的なギャグってことですかね。ああそうか。そういうことなら結構面白かったですよ。すごい。すごいよ。ナイスギャグ。ごめんなさい感度鈍くって。ああウケる。こりゃ傑作だ。きっとみんな爆笑じゃねーの、と見た家族の誰一人として笑っている者はいなかった。

「いつからなりたかったの?」

妹が言った。
おいおい。素で聞いちゃってるし。もう、みんなアハハと笑ってそれで終わりなのに。
これじゃ逆にお父さんが可愛そうになっちゃうじゃないですか。
ほら何か変な空気。まったく洒落のわからん奴で困りますなぁと父に目を向けたとき、

「あれは高校3年生だったかな。友達から借りた雑誌で初めて見て衝撃を受けたんだな」

と、父が恥ずかしそうに言った。
ん?おやおやおや?そこ食いついちゃいますか?
一発ギャグ的なものだったからこそギリギリセーフだったんじゃないんですか?
でも今のは妹が悪いな。うん。全く鈍感な奴め!罰としてチキンソテーの皮の部分全部横取りしてやるかこら。と、お箸が妹の皿に向かい始めたその時、突然母が立ち上がった。
母は無言で寝室へと歩いていき、部屋の方からごそごそ音がしたかと思うと何か袋を手に持って戻ってきた。

「あなた。実は私、ずっと知ってたの。何十年も一緒にいるんだもの。何を考えているのかなんて手に取るようにわかっちゃうんだから。私から言うのもなんか違うかなって思ってたから黙ってたけど、はいこれ」

そう言って袋から出したソレを見て愕然とした。
ピカピカに輝く金色の輪っか。
一点の曇りも無いその表面は、毎日丁寧に磨き続けていたことを物語っていた。

「ミツ子・・・気づいていたのか。こんな物まで用意していてくれて。しかもこの重量感。かなり高かったんじゃないのか?」

10年ローンで月々の支払いはそれほどでも無いのよ・・・って、いやいやいや。
金額云々じゃなくてなんですかソレ。どうしちゃったのあなたたち。
怖いよもう。なにその目。真剣そのものじゃないの。ほらまだ間に合うから冗談だと言ってよ。ああすごいや。すごい手の込んだギャグですこと。ははは。全く陽気な両親を持って幸せだなぁ。なあみんな・・・と目を向けると、兄貴と妹が号泣していた。

「ミツ子。お前はなんて気が利く奴なんだ。と、父さんは世界で一番幸せだ。な、なぜなら世界で一番の妻を持ったんだからな。お、おいお前たちなんで泣いてるんだ。せ、世界で一番の母親を持った幸せものなのに、泣くやつがあるか」

そう言う父の目からも涙がこぼれた。
・・・正気かこの家族。
なにか、今まで感じた事のないお腹の部分が痛くなってきた。

「ねえお父さん。それつけてみなよ!」
「そうよあなた。これはあなたの物よ。さぁ、長年の夢が今かなうのよ!」

みんなに促された父は手にした輪っかを頭からゆっくりゆっくりと、喜びを噛みしめるようにゆっくりゆっくりと通していき、ようやく首に到達した。

「おめでとう!」

妹が口火を切って拍手をした。

「おめでとう父さん!」
「あなたおめでとう」

兄貴と母親がそれに続いた。
おめでとうって・・・。

「ありがとう。みんなありがとう」
嬉しそうに答える父は自分の首に収まる輪っかをずっと握りしめている。

「今日からお父さん首長族かぁ。なんか遠い存在になっちゃうなぁ。」

「おいおい。首長族だからってお父さんはお父さんだ。変な気をつかわないでくれよ」

「ねえあなた。その輪っかはどのぐらいのペースで洗ったらいいのかしら?ブラシ使っても大丈夫かしら?」

「どうなんだろうなぁ。お風呂に入るとき一緒に洗う程度じゃだめかねぇ?」

「俺も将来オヤジみたいな立派な首長族になれるかなぁ?

「どうだろうなぁ。まずは理解ある嫁を探さないとな。もっとも母さんほどの人はなかなかいないがな」

「やだもうあなたったら」

「熱々だなぁもう。私も早く彼氏欲しいなぁ」

アハハハハハ。
楽しそうに語り続ける父と母と兄と妹をあとにして、その晩僕は家を出た。

30年後

一人暮らしを続け、普通に就職し、普通に結婚し、普通の生活の中にいた僕の元に一通の手紙が届いた。
妹からだった。
病魔に冒された父がいつ死んでもおかしくない状態になっているらしい。
すぐに車を飛ばして病院へと向かった。
家族に見守られ、ベッドに横になった父の体はガリガリにやせ細っていた。
そして、首の輪っかは30個に増えていた。毎年一つづつ追加していったようだ。
その時、父と目が合った。
何かを言おうとしている。
僕はそっと近づいた。

「立派になったな・・・。ずっと会いたかったよ。結婚はしたのか?」

僕はそっと頷いた。

「そうかそうか。幸せそうで何よりだ。ところで今の父さんを見てどう思う?ん?」

そう聞かれ、僕は少し困った。
沈黙。
ピコン、ピコンとモニターから出る音だけが淡々と聞こえる。
親父のそばに置かれたモニターを見た。
素人目にもそれは弱々しく見え、"その時"がそれほど遠くないことがわかる。
あれから30年。
空白の時間を経て、僕は父へと言葉を送った。

「首長族、おめでとう」

カラカラになった父の頬を涙が伝った。
そして、静かに息を引き取った。

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2006年3月 8日 (水)

ポリスマン

近所に住んでいるポリスマンとポリスマンがまたケンカをしていた。いつものことだよ、といった雰囲気でみんな相手にしていないけど、なにやら様子がおかしい。

怖くなったのでお父さんに頼んで知り合いのポリスマンを呼んでもらった。
10分後ポリスマンがやってきた。TシャツにG短パンという格好で武器になるようなものは何一つ身につけていない。おいおいポリスマンを舐めたら痛い目みるぞ、と内心思いつつもすいません何とかしてくださいと懇願する。
マカセナサーイ、と自信満々でポリスマンのケンカを止めに行くポリスマンの背中は意外と筋肉質で、あら案外頼りがいあるのかしら、と思ったその時、

ドキューン

一発の銃声が鳴り響き、ポリスマンが仰向けになって倒れた。
額からは不健康そうな血液がドロドロと流れ出している。

ほら言わんこっちゃない。ポリスマンのケンカに素手で立ち向かおうなんて無謀なことするからこうなるんだ。
しかも家から出てすぐの所で倒れてるし。あぁ邪魔くさいなぁと不機嫌な表情を浮かべていると、リヤカーを引いたポリスマンがどこからかやってきて手際よくポリスマンの死体をどけて掃除しはじめた。
一通り処理し終えると、物欲しげな眼差しで僕の目を見るポリスマン。
ちぇっ有料かよ。
しばらく様子を伺ってみたけどこのまま帰りそうもなかったので、仕方ない何かあげるかと部屋に戻り、先週旅行から帰ってきたポリスマンからもらったおみやげのまんじゅうを持ってポリスマンに差し出した。
まんじゅうを見るのが初めてなのか不思議そうな顔をしながらも、とりあえずは満足したようでポリスマンの死体を乗っけたリアカーを引いてポリスマンは帰って行った。

なんだかんだで外は薄暗くなってきた。
さっきまでケンカしていたポリスマンとポリスマンも仲直りしたようで、お互いのケガの手当までしている。

いっけね。色々あってすっかり忘れてたけど、丘の上のポリスマンに薬を届けなきゃ行けないんだった。
僕は急いで部屋から薬を持ってきて、ポリスマンの家に向かった。
途中、穴に落ちたポリスマンを見かけた。必死で助けを求めている。でもごめん!時間が無いんだ!
穴に落ちたポリスマンが無事助かる事を祈りながら薬を待つポリスマンの家まで向かった。

丘の上。ぽつんとたたずむポリスマンの家。
ピンポーン。インターホンを押してみたけど反応が無い。
ドンドンドン。ドアを叩く。反応が無い。
ポリスマーン。叫んでみたけど反応が無い。
これはただ事がじゃないぞ。一秒を争う事態が起きていることを察した僕は家の裏手に回り、窓ガラスを割ってポリスマンの家の中に入った。
すると、部屋のすみっこにポリスマンはいた。座り込んだ背中が小刻みに震えている。
「・・・が来る・・・が・・・・・・」
何かひたすら呟いている。
もう少し近づいてみた。
「ポリスマン・・・ポリスマンが来る。」
ポリスマンが来る!間違いない。確かにそう呟いている。
くそっ。思ったより事態は深刻のようだった。
僕は急いでポリスマンに薬を飲ませた。
数秒後、さっきまでの震えがピタッと止まり、バタンと仰向けに倒れた。
そして静かに息を引き取った。

念のためくるぶしに手を当ててみる。大丈夫。確実に死んでいる。

玄関から家を出て、丘を降りていく。
何回経験しても馴れないな、と苦笑いした目線の先にさっき穴に落ちたポリスマンが大勢のポリスマン達に助けられている姿が見えた。
ふいに涙がこぼれた。

この町に生まれてよかった。
心からそう思えた。

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2006年2月 7日 (火)

ビーフストロガノフの憂鬱

僕がヴィロンティーヌを旅立ってからどれぐらいの月日が経ったのだろうか。
バーティカルスタッツの美しい朝日を浴びながら、故郷のチェイクに想いを馳せる。
隣で静かに眠るセフォカッティーナの寝息は、ヴィメージュの調べを奏でている。
ふと、天使の頬にキスしたい衝動にかられたけど、バリッツォの掟は絶対だ。
チェッと舌打ちしならベッドから降りようとしたとき、あやうくペペーニを踏みそうになった。
危ない危ない。ペペーニをケガさせたりなんかした日にはブックローネの怒りの門がオープンセサミー。
僕は苦笑いを浮かべながら、セフォカッティーナを起こさないようにそっとキッチンに向かった。
冷蔵庫を開けると、昨晩食べたディスティロッサの残りを見つけた。
よし今日はツイてるぞと急いでラップを取ってディスティロッサにむさぼりつく。
気が狂ったように食べ続け、気がつくと日が暮れかかっていた。
わー結構長いこと食ってたなー。
今日がベイベリンデイでよかったな。平日だったらジャスティランサーさんにどやされるところだ。
さあてと。たらふくたべたらヘブンズン♪フンフンフフフンフフフンフン♪
僕はスキップしながらヘブンズンに向かった。
電気をつけてドアを開けて中に入ってドアを閉める。
そして恍惚の表情を浮かべながら、ジェアリージャンクションで買ったお気に入りの短パンツをゆっくりゆっくり下ろして、そこに座る。
昨日の新聞を読みながら少しまどろむ。あれ、これ今日の新聞だぞ。ヤッター今日はツイてるなー。
しかし一面のニュースを見てハッとした。バローラテッツがついに見つかったらしい。
とうとうこの日がやってきたか。これでシージャローバの時代は終わった。
思わず涙がこぼれそうになったが僕はぐっとこらえた。そうだ。もう子供じゃないんだから。
時代は回ってるんだ。シージャローバの幕は閉じたけど、同時にシージャローバの始まりでもあるんだ。
そしてすこし力んだ後、僕は何とも言えない表情で立ち上がりヘブンズンを後にした。
そろそろセフォカッティーナが起きてくる頃だな。
僕はキッチンに戻り、ディスティロッサを作り始めた。
昨日は少し塩辛いぞと彼女に怒られたので、砂糖を多めに入れることにする。
僕がヴィロンティーヌを旅立ってからどれぐらいの月日が経ったのだろうか。
いつになったらここから出られるのだろうか。

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2006年1月24日 (火)

出世

ピンポーン。午後7時。いつものようにインターホンが鳴る。
玄関に向かった母は事務的に鍵を開け、誰かも確認せずにキッチンへと帰っていく。
ただいまぁ、と一家の主の声がする。反応する者は誰もいない。

姉貴はケータイで友達とずっとメール。
引きこもり気味の弟は部屋でテレビゲームでもやっているのだろう。
母は淡々と夕御飯の準備を進め、僕はテレビのサッカー中継に釘付け。
いつもならここで父は自分で勝手に着替えを用意してお風呂に入るところだけど

「おい。みんな集まれ」

父が大声で言った。
普段、家の中で喋ること自体が少ないのでみんな驚いている様子。
引きこもりの弟も思わず部屋から出てきた。

「みんなテーブルに座りなさい。」

なんだなんだこの自信に満ちた表情は。
普段のだめオヤジの典型のような気弱な父の姿はそこにはなかった。

「父さんな、ついに昇進したんだ。部長になったんだ」

えーっ!昇進?まさか。万年課長の父さんが。入社2年目で課長になり、超有望株と言われながら30年。未だに課長のままであの人事はなんだったんだと会社の七不思議にまでなった父さんが昇進・・・。
虫も殺せない穏やかな性格が仇となり、競争社会で強く生きる事ができない不器用な父さんが昇進だなんて。
その場にいる誰もが半信半疑で父を見ていた。

「あなた。証拠はあるの?」

母さんがストレートに切り出した。
すると、待ってましたと父さんが床に置いていたカバンを膝の上に持ち上げ、フンフンフフンと鼻歌混じりに叩いて見せた。
普段薄っぺらな父さんのカバンが不自然なふくらみを帯びていた。

「母さん。そしてお前たち。証拠が欲しいかそらやるぞっ」

と、父さんが嬉しそうにカバンの中から取りだしたモノがテーブルの上にドカッと乗っかった。
なんか悪そうな顔したおっさんの生首だった。

「あなた。本当だったのね。ごめんなさい疑ってしまって・・・」

ええっ!?なにその理解力の早さ。そして何この生首。初めて見たけど何か怖いんだよぉ。っていうか臭いよ。やばいクサッ。本格的に臭いよこれ。ちょっと待ってよ何でもいいからどけてよこれ。ああもうやばい。臭すぎてやばいよ。やだもう何この気持ち。すごいイライラしてきた。ああたまらん。辛抱たまらん。やばい。ああ気持ちいい。何かいろいろ通り越してもう気持ちいいんだよ。ねえ聞いてよ。みんなおいでよ気持ちいいよ・・・みんな・・・。

「おい大丈夫か?」
「う、うん・・ごめんごめん。で、これどうしたの?」

父の声で目が覚めた。どうやら気絶していたらしい。
朦朧としながら父の説明に耳を傾けた。

「ライバル会社の専務でな。ランチを食べてたカフェのトイレに入ったら偶然コイツがいたもんで。しかもスキだらけだったもんでな。今ならいけるとネクタイ外して後ろからグイッとな。グググイッとな。」

なるほど。みんな納得した。
その夜、父の出世祝いが盛大に行われた。
みんなお酒飲んだりしてすっかり眠りに落ちている。
起きているのは僕だけ。よし。今しかない。

僕はテーブルの上に置き去りになった生首をそっと手に持ち、
自分の部屋にある机。唯一鍵のかけられる大きな引き出しを開け、大事に生首をしまった。

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2006年1月21日 (土)

株デビュー

3年かけてコツコツ貯めた貯金が100万円を超えた。
意を決して株を買うことにした。生まれて初めてだ。
買うのはミスボラシック社の株。
その会社は何かすごい機械を発明したとかでその件はよく知らないのだが、連日ニュースで「ぐんぐん来てますな」と言われているので買うこと決めた。
気分良く鼻歌混じりで株屋に向かった。
ミスボラシック社の株ください。と元気よく言いながら100万円渡した。
窓口のお姉さんに3日後に自宅に届きますと言われた。3日経った。

ピンポーン。

ヒューッ。来た来た。
ドアを開けサインして荷物を受け取った。
思ったより大きかった。というかこりゃ薄くないテレビぐらいの大きさなんですけど。段ボールだし。
重みもあるぞおい。液晶じゃない方のパソコンのモニターぐらいあるな。
そんなこんな思いながら、わくわくどきどきしながら段ボールのフタを開けた。
土臭い匂いの先に木の株が見えた。
ほぉこりゃ立派な切り株で。樹齢50年は優に超えてますな。ってこれ何?
ま、まぁなんて言ったって実際の株見るの初めてだしね。何かイメージでは紙っぽいものだと思ってたけど、ふーんこれが株か。ああついに株主になったのね。感動的だぁ・・・と呟きながら段ボールのフタをそっと閉めた。

3日後。

そろそろ株主になった興奮も沈静化し、なにやら風格すら漂ってきたな、と
ワイングラスに注いだファンタグレープを飲みながらうっとりしていた。
そして、部屋の隅に置いた段ボールに目をやる。
3日前に株を見たときの戸惑いを思い出す。
あのときはヒヨっこだったな。でも仕方あるまい。なんせ株というものを初めて見たのだから。
そう。もうあの時の俺はいない。自信に満ちたその手で段ボールのフタを開けた。
そうそうこれこれ。
土臭い匂いの先に木の株・・・の上にキノコ!
なになに、聞いてないよコレ!なんすか。とっても赤いよ。真っ赤だよ。
天国のおじいちゃん。ボク株主になったよ。大人になったよ。株からキノコ生えてたよ。真っ赤だよ。
食べるよ。もう食べてやるよ。そうだよ。株に生えたキノコ食べるのは株主の証だよ。
急いでみそ汁作ったよ。贅沢にキノコ半分入れてみたよ。不味いよ。なにこれ。大人の味なの。わからないよ。なんだか泣けてきたよ。涙でキノコが見えないよ。見たくないからちょうど良いよ。いやいやだめだよそんなこと。そうだみそ汁には合わないキノコだったんだなきっと。手間かかってないし。よし。天ぷらにしよう。
急いで準備して残りの半分揚げてみたよ。どきどきしながら食べてみたよ。
・・・あら、美味しいじゃないの。

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2006年1月18日 (水)

インターネット

都心から電車で2時間半。視界に入る色は緑がグレーを圧倒する。
そんな所謂田舎町にポツンと建つ一軒家の居間で祖父母はソレを楽しんでいた。

「ほぉ、これがいま流行りのインターネットかい。ほらほら、おばあさんや見てごらん」

「ほらほらと言われなくてもさっきからずっと見てますよじいさんや」

「そうかそうか。ほらほら、ミカさんも一緒にインターネットしましょうや」

「あら私の事は気にしないでいいですよ。今はお義父さまたちで楽しんでくださいな」

「そうかそうか。しかしインターネットは面白いねぇ。何時間やっても飽きなそうだぞ。ほらほら、おばあさんやってごらん」

「ほらほらと言われなくてもさっきからずっとやってますよじいさんや」

「そうかそうか。それにしてもインターネットはかわいいなぁ。すべすべだなぁ」

そう言いながらおじいさんは僕の頭や顔を撫でたり、太ももあたりをポチポチ指で押したりした。

さすがに2時間もこうしていると結構辛くなってくるんだけど、帰りにもらえるおこずかいで何のゲーム買おうかなんて考えながら気を紛らわせればまぁ耐えられないことは無いよ。



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